井上芳雄です。4月7日に政府から緊急事態宣言が発出されたことを受けて、4月に予定されていた舞台『桜の園』は全公演が中止になりました。5月から出演する予定だったミュージカル『エリザベート』も8月までの全公演が中止に。まさか、こんなことになるとは……自分の中で気持ちに整理をつけるのはまだ難しいというのが正直な思いです。
新型コロナウイルスで演劇界が打撃を受けているという話を前々回に書きました。あれから1カ月で状況はまた大きく変わり、今は東京でやっている舞台はありません。全ての演劇人が、自分のこととして受け止めざるを得ません。
僕も1週間以上ずっと自宅にいます。自分たちのなりわいとしていたものをやってはいけないとなったときに、どう捉えればいいのか。これが何なのか、まだ自分でも整理をつけるのは難しい気がしています。それくらい急に状況が変わってしまいました。
『桜の園』の公演中止が決まったのは、緊急事態宣言が出る前日でした。3月いっぱいまで稽古をやって、4月に入って数日は舞台稽古をしました。Bunkamuraシアターコクーンにセットを組んで、衣装もかつらも全部ありました。ただ、市中に感染者が増えて、緊急事態宣言が出るかもしれないというなかで、稽古や作業をすること自体への不安も募ってきました。舞台上での稽古もマスクを着けてやっていました。経験したことがないような緊張状態というか、ギリギリのところでやってましたね。それで舞台稽古がしばらく休みになって、その間に中止が決まりました。
連絡は電話やメールで届いたので、みんなで集まることもなく、区切りが全くつけられないまま終わりました。次の日に楽屋の荷物をそれぞれ取りに行ったので、会えた人もいるけど、会えなかった人もたくさんいます。終わってからラインのグループができて、なぐさめあったり、悲しみを分かちあったりしました。稽古中は一緒に食事をする機会もなく、「稽古場での稽古最後の日に焼き肉を食べに行きましょう」とか言っていたのですが、かないませんでした。なにより、お客さまに見ていただけなかったのが残念でたまりません。舞台はもともと形がないものですが、それにしてもあまりにはかない終わり方でした。
役者は、1カ月半みっちりつくってきた役が急にいなくなると、どうしていいか分からなくなります。僕もお風呂に入ったら、長台詞を言ってみたりします。やるあてもないのに、つい練習してしまうんですね。そういう悲しさを抱えながら、みんな過ごしていると思います。
『エリザベート』は、6、7月の地方公演ならまだ数カ月先なので行けるかもしれないと思っていたのですが、100人を超えるカンパニーが都市間を移動するのは安全の確保が難しいということもあって全公演が中止となりました。僕は4月後半から稽古場に行く予定だったので、1回も稽古をせずに終わってしまいました。
今は自分の命を守り、相手の命を守ることが一番大事ですから、公演中止については俳優も納得していると思います。そのうえで、いろんな思いがあるでしょう。仲間と連絡を取りあうと、話題になるのはまず残念、無念ということ。そして収入のことです。向こう数カ月の収入を見込んでいた舞台がなくなって、どこまで補償されるのかという話にやっぱりなります。特に若手の役者だったりスタッフだったり、立場が弱いほど死活問題です。宅配のバイトを始めたという仲間もいます。もちろん何とかして生きていかないといけないというのは、演劇だけではなくて、どこの業界も同じでしょう。僕も毎朝起きたら、これは夢かなと思うんです。悪夢を見ているみたいな。それくらい足元が揺らいでいるというか、弱い立場の仕事だったんだなと。
もちろん仲間とは、収束したらあんなことをやろう、こんなことをやろうと前向きな話もしています。先の見通しが立たないまでも、準備だけはしておこうと動いている人たちもたくさんいます。また無駄になる可能性もあるけど、今はみんなで励まし合って、できることは何でもやろう、やりたいという気持ちです。
僕は、この1~2年はとにかく忙しくて休みがなかったのですが、急に人生で一番長い休みになりました。毎週のラジオの収録も、今は自宅で音声を録(と)っています。これまでは子供の成長を見守りたいのだけど、なかなか一緒にいられないというジレンマがあったのですが、今は1日中家族と一緒にいられるので、それはうれしいこと。いつ仕事が再開してもいいように、家の中でみんなで歌ったりとか、踊ったりとか、できることはしています。
ただ、それも何カ月も続いたらどうなのか。見えない不安というか、新型コロナ自体が見えないし、演劇界やエンタテインメント界の先も見えないので。「世の中が平和じゃないと、エンタテインメントは生まれない」という森光子さんの言葉の意味を今、重く受け止めています。
井上芳雄1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第67回は2020年5月2日(土)の予定です。
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