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【家族がいてもいなくても】(655)人生貫く、電気ドリル - SankeiBiz

 プランター付きフェンスなるものを6個ほどネットで注文した。

 「原っぱ」に置く人形劇の舞台を作るための購入だったが、まさか、翌々日に到着とは。

 外出から戻って、部屋の前に並んだ大きな荷物に、思わず後ずさりをしてしまった。

 部屋の前に、この荷物はまずい。消防法上、規定以上のものは、通路に置いてはいけない、と言われたばかりだった。

 でも、あとのまつり。

 速やかに車でこの大きな荷物たちを「原っぱ」に運んでしまわねばと思ったが、組み立てには電気ドリルが必要だ。

 が、「原っぱ」には電気がない。

 というわけで、翌朝、早起きして電源のある自分の部屋の前で、速やかに組み立ててしまうことにしたのだった。

 できるだけ目立たぬように、音を立てないようにと思ったが、結局はそうもいかなかった。

 ガガッ、ガガッ、キューン…。ドリルの音が久しぶりに澄み渡った青い空に響いていく。

 そもそも高齢者がこういうことをやると、まわりがヒヤヒヤする。しかも、やっているのは、なにかと失敗の多い不器用な私なのだ。車の運転も、草刈りも、危なっかしくて見てられない、と思われていることを自覚はしている。

 昔、老いた父に私が言いたかったように、「そういうことは、もうやらないでください」と言いたいだろうなあ、と思いつつ、やってしまう自分を止められないでいる。

 その分、「慎重に、慎重に」と呪文のように自分に言い聞かせつつ、集中すること2時間あまり。

 思いがけなくスムーズに仕事がはかどって、無事、組み立てを完了した。

 思えば、電動ドリルだけは、この私も使い慣れていた。年中、引っ越しばかりの人生で、しかも男手なしの母子家庭時代が長かった。

 家具の組み立てとか、蛍光灯の取り外しとか、洗濯機の取り付けとか、当たり前のように、何かと自分でやってきた。

 しかも、晩年、ともに暮らした父の家訓が「自立自助」。それが「我が家の憲法」と題されて壁に貼ってもあった。

 父もまた、いささか破天荒な性格の娘が、このまま老いてなお一人で生きていけるのだろうかと、いらぬ心配を続けていたのかもしれない。

 忘れていた電気ドリルの響きに手応えを覚えながら、平穏とはいえなかったこれまでの自分の人生も無駄ではなかったなあ、などとしみじみ感じた私だった。

(ノンフィクション作家・久田恵) 

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August 28, 2020 at 07:00AM
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