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<オリンピック4位という人生(8)>アトランタ五輪「思い出す曲がり角」 (鈴木忠平) - Number Web - ナンバー

「初めて自分で自分を褒めたいです」。そう語るヒロインを横目に、もうひとりのトップランナーは、こだわり続けた5000mのスタートを切った。

2020年五輪イヤーにあたって、Number989号から連載スタートした『オリンピック4位という人生』を特別に掲載します!

 あれはトラックを何周したあたりだったか。たしか4000mにさしかかるころだった。とにかくまだクライマックスを迎えるまえの静かなカーブ、そうした何気ないところに、あの一瞬はあった。

 女子5000m決勝のレースを引っ張っていたのは中国の王軍霞――最強の女王――と髪に白いリボンをつけたケニアの選手だった。ふたりが完全に抜け出している。

 そのふたりを追う第二集団に当時25歳の志水見千子はいた。首をタテにガクガクと振りながら走るラドクリフ、イタリアのブルネットから続く5人集団のいちばん後ろにつけていた。そしてあのカーブにさしかかるとき、この第二集団がふたつに割れようとしていることに気づいた。つまりラドクリフとブルネットと、その後ろの彼女を含めた3人との間に距離ができつつある。

 まずい。残りの距離を考えてもここで離れるのはまずい。離れるな。すぐまえのふたりの背に祈った。そしてよぎった。いっそのこと私がピッチを上げて抜いてしまおうか。脚はまだ残っているし、そうすれば私は第二集団に生き残ることができる。

 しかし、その思考はすぐに消えた。自分で打ち消した。なにしろカーブの途中なのだ。ここでエネルギーをつかってしまったらそのあと自分がどうなってしまうかわからない。そんなことができる力が自分にあるかどうかもわからない。勝負をかけるのは直線に出てからでも遅くはない。

 そうして静かな一瞬は過ぎ去り、再び彼女はあるがまま、レースの一部になった。

私は私のレースを走り切った。

 そのあと実際に直線でまえのふたりを置き去りにし、喘ぐように走るラドクリフをとらえて抜き去り、ブルネットの背中を数m先に見ながら4位でゴールした。

 15分9秒05というのは人生でいちばんのタイムだったし、女子のトラック競技での4位入賞は68年ぶりのことだという。

「お前! 歴史に残るぞ!」

 髭面の小出義雄監督が言ってくれた。

 それでよかった。これ以上はない到達であり競技人生のゴールだった。これで終わりだ。私は私のレースを走り切ったのだ。

 あのカーブのことは忘れていた。それなのに、それからしばらく時間が経ったあとどういうわけか、あの一瞬がとても重要なことのように思い返されてきた。

【次ページ】 到達をなぜ見てくれないのか。

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April 05, 2020 at 07:07AM
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